ゼロからイチ、いやお土産を生む

2016/03/14未分類


いつからか長男は朝、僕が出かける時に
「お土産買ってきて」
と頼むようになった。

きっと、元々僕がちょこちょこ何かいただきものなどを持ち帰ったりしていて、
それがよほど嬉しかったのだろうか、
今では朝、出がけに顔を会わせるたびに
「お土産買ってきて」
攻撃を食らうことになる。
(とはいえ僕は彼が起床前に出かけることが半分以上なので毎日ではない)

最初は少し卑しく育ってしまうのではないかと心配で、
「お土産はたまにあるから嬉しいんだよ」
などと言ってごまかしていたのだが、そんな話は5歳児には通用しない。
おもちゃを買う!買わない!論争の問題点と建設的解決方法に書いた通り、そういった何となくのごまかしによって喪失される欲望・希望・関心は結構大きいのではないかと思う)
そして、たくさん与える人間になってもらうためには
ある程度与えられた経験が必要だろうと思い直し、
「総体としては過度にならなければ頻度は多くても良し」
という風に徐々に脳内方針転換していった。

前置きが長くなったが、今日はそのお土産の一例をご紹介。

3/12土曜日はウルトラマン新作映画の公開日であった。
我が家のカオス的スケジュールの調整の末、
3/13日曜日に僕と長男が二人でみなとみらいの映画館に行くことになった。

時が前後するが3/11金曜日。
震災から5年が経ち、震災直後に被災地に行って以来
何らアクションを起こせていない自分に朝から少しもどかしさを感じていた、、、、
こどなどつゆ知らずの息子と朝、出かける間際に顔を合わせた。

「パパお土産買ってきて」

いつものアレが出た。
できない約束はしたくないので、とりあえずこういう時は

「どうかな、今日はないと思うよ」

としのいで出てくるのが鉄則だ。

オフィスに着き仕事を始める前に、
そういえば今日が前売りチケットのオンライン予約スタート日だったことを思い出し、
「幼児が800円で大人が1200円で付き添いの大人の方が高いのはどうも解せないな、
でも幼児1200円で大人800円だったらもっと違和感あるな」
なんてくだらないこと考えている時にふと、これを今日のお土産にしようと思い立った。

そこからの経緯を時系列で。

・「ウルトラマン 映画 ポスター」で検索
・一番良さそう&解像度高そうな画像をプリンターで印刷
・クルクルっと巻いてお土産ぽくする

以上、簡単である。

旅には「行くまでの楽しさ、行ったときの楽しさ、振り返る楽しさ」の
3つの楽しさがあるとよく言うが、これは旅だけではなく
「近い未来に備えているとても楽しい出来事」全般に通用する法則なので、
急遽、今回法則を活用させてもらうことにした。

それでできたのがこれだ。

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貼ってあるリボンシールはSowExperienceのものなのだが、
最初これを貼った姿を見た時「これも体験ギフトだ」と思った。
(当初このブログのタイトルは「DIY体験ギフト 1分クッキング」にしようと思っていたくらいだ)

こちらは喜ぶ息子。

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映画当日に行って楽しいのは当たり前。
その2-3日前から楽しみが倍増して「嬉しさの絶対量」が増えるのは喜ばしいことだし、
それ故に歯磨きや着替えがスムーズにいったり弟に優しくしてあげられたり、、、
親が子を思う気持ちがそんな風に少しでもギフトリレー的に
彼からの発信で伝播していってくれたら嬉しい限り。

では、今週も良き一週間を!
(ちなみに今日はホワイトデー。LINEギフトだとLINEを使って当日でも体験ギフトをプレゼントできます。ご利用の方はスマホでSowExperienceのサイトにアクセス!案内が出るはずです。)

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追い込まれています。

2016/03/07未分類


先日の“瓶詰め妻”のブログはなかなかの反響で、
なるほど今を生きる人たちはこういうものに関心があるのかととても参考になった。

Farm Canningスクール自体も告知4日目にして既に定員に達し、
さらに今も申し込みが相次いでキャンセル待ちという状態のよう。
いやはやすごい。
とはいえまだまだスタート前の段階なので、
年間を通じて最高のプログラムとなって良い形でClosingとなることを願うばかり。

妻が勢いづいてるのは分かったけど、旦那(僕のこと)の最近の状況はどうなのよ?
アフリカづいてるらしいけど、本業はどうなってるのよ?
と気にかけてくださる方、ありがとうございます。ありがとうございます。

どんな状況かと言うと、追い込まれている。

これだけ聞くと心配になること請け合いなので、
少しだけ事情を説明しようと思う。

SowExperienceは昨年5月に10周年を迎えたのだが
(僕はその記念すべき当日にアフリカに飛び立ってしまったけれど。。)、
この10年を大きく2つに分けると

最初の5-6年:日本初の体験ギフトを持ち込み世に発表した時期
残りの4-5年:次なる成長エンジンを模索すべく手を打ち続けた時期

ということになろうかと思う。

後半の「模索」には度合いがあって、
最初はまだ気持ち的に余裕のある模索、
でも後半、特に昨年の暮れくらいは手詰まり感が出てきて
徐々に気持ち的な余裕が失われていった。

正直結構しんどかったが、
自分が始めた会社、
自分が招いた危機(会社の危機というよりは個人&内面的な問題だが)、
結局は他の誰でもなく全部自分次第なわけだ。
(こう割り切れるのが起業の良いところですね☆)

中には過ぎ去るのを耐え忍ぶべき嵐もあるのかもしれないが、
今回はそういう状況ではなさそうだと感じ、
何でも良い、希望を託せられる糸口を見つけよう、
ということで対話を始めた。

風呂に浸かりながら、
食事をしながら、
10年前を振り返ったりしながら、、、
とにかく対話を通じてヒントを探っていった。
そんな風に過ごして早2か月、、、、

結果として、まだ本当にこれからだと思うが、
良い形でスタートラインに立てている気がする。
気分的には相当良い感じで、
何かもう一つ二つ大きな波を起こせそうだという自信が内側から湧いてきた。
あとはこの勢いでしっかり動いて結果が伴うのを願うばかりだが、
これで結果が伴えば子どもの頃や起業した頃のような全能感を
みたび抱けるのではないかと密かに期待している。

5年前はまだ向かうべき方向性、駒の進め方に選択肢があったけれど、
今はもはや選択肢があまりなくて迷ってもいられない。
選択肢が多いのは豊かだけれど、
選択肢のない強さというのもあるよね、と思いつつ頑張るだけだ。

以上書いたようなことは全部僕自身の気持ちの中の変化であって、
こうして恥ずかしげもなくさらけ出すような代物ではないのは十分承知しているのだが、
クライマーの栗城史多さんが(面識はないのだが)
よく「冒険の共有」ということを仰っていて、
良い言葉だなと思ったので稚拙ながら真似ごとのようなことをしてみたつもり。

栗城さんのように単独無酸素での登山自体も困難なのに、
それを更にネットで中継しながら行うというような芸当は僕にはできないが、
そのアタックを見た人に冒険が共有され、勇気が贈り届けられる。
このブログを時たま覗いてくださる僅かばかりの人に、
同じようなことを実現できたら良いなと思いつつ。

というわけで贈り物には体験ギフトをよろしくご愛顧ください☆

今日は雨だけど、↓は一昨日の朝の海。
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瓶詰め妻(びんづめづま)。

2016/03/04未分類


「脱気」と書いて「だっき」と読む。

この言葉、聞き慣れないと思うが新年明けてから我が家の再頻出バズワードだ。

体験ギフトも負けず劣らず頻出ワードだが、今年は残念ながら脱気に負けてしまった。
だが仕方ないというか、負けても清々しい気持ちではある。

なぜなら妻が起業したからだ。

友人の皆さんはご存知の通りだと思うが、起業したと言っても、
彼女は元からいろんなことをやっていた。

・靴屋の店員
・幼稚園の臨時先生
・ケータリング
・イギリスの下着輸入販売
・カフェ運営
・おっぱいマッサージ
・5ヘクタールの畑手入れと作物販売

ほんと貴方は七変化だねとよく茶化して笑っているのだが、
今パパッと脳内掘り返しただけで7つ出てきてまた笑えた。

と思いきや早速の上方修正、、、もうふたつ思い出した。

・東欧のオーダードレス生産販売
・味噌づくりはじめ色々美味しい食べ物づくりレッスン

まだまだ出てきそうだ。。

元々が七〜十変化な彼女だったので、
「起業します」という話になっても驚くに値しないのだが、
今回彼女が立ち上げようとしているプロジェクトは、
◯熱量の注ぎ込み方が従来と比較にならない
◯社会的意義がありそう
というわけで今回ばかりは単に十一変化目、、、
とはならないのではないかと勝手に密かに期待している。

では一体何をやるのか、
それは彼女がSquarespaceで夜な夜な作ったサイトを見ていただければと思うので
(湯本広範にわたるサポートありがとう!!)、
僕からは2点だけお伝えしておきたい。

1.美味しい楽しい!発での食料廃棄問題への挑戦

今回彼女がテーマにしている”Canning”では、
色んな食材を安心で美味しくて保存可能な状態にすべく瓶詰め(=Canning)していく。
瓶詰めといえばピクルスやジャムがすぐに思い浮かぶが、
そこは彼女の腕の見せ所、他にも色んなCanningを考えているようである。
(既に我が家の冷蔵庫はテスト用の瓶詰めにジャックされている)

瓶詰めの何が良いって、
瓶に詰めてしまうので形が悪くても虫食いがあっても全く問題にならない点だ。

特に今回のスクールの舞台となる畑は無農薬なので、とにかく虫食いが多い。
僕も収穫作業を手伝ったことが何度かあるのだが、ルッコラなど惨憺たる状況で、
美味しいので収穫しながら虫食いルッコラのつまみ食いをするのだが、
きちんと出荷できるものは半分あるかないかという感じだ。

これまでヤギの餌になっていたこれらの野菜を瓶詰めを通じて有効活用できるなら、
世界的に様々な形で問題となっている食料廃棄問題への
一つのアプローチ方法になりそうだ。

ガンジーは

「地球はあらゆる人の必要を満たすだけのものを提供してくれるが、あらゆる人の強欲を満たすことはできない」

と言ったらしいけれど、
地球がいくら人の必要を満たす分提供してくれると言っても、
地球の恵みを捨ててしまっていたら元も子もないからね。

2.月に一度、この広大な野原に遊びに来るのはなかなか悪くない

子どもが徐々に大きくなる前に葉山に引っ越したことは
ここ数年を振り返ってもベストな決断のうちの一つだったなと思うが、
さすが100年前に天皇家に「別荘作ろう!」という気にさせただけあって
やっぱり噂にたがわずとても良い場所。

引っ越すのはなかなか難しくても、
ひと月おきに1年通えば色んな良い発見があるのではなかろうか。
いや絶対あると思う!(なかったら相当鈍感!)

宣伝、以上!
あ、ちなみに冒頭の「脱気」とは瓶詰めした後に蓋をして、
保存がきくよう密閉するために瓶ごと熱湯の中に入れて煮詰めることを言います。

というわけで覗いてやってみてください。
Farm Canning

※Schoolの告知開始後、僕がこのBlogを書くまでのほほんとしていたら、
思いの外反響が大きく良いペースで申し込みが入っているようなので、
ご希望の方はお早めに。

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「くるくる市」を侮るなかれ

2016/02/23未分類


詳しくはこれからのアウトプットで表現していこうと思うが、
最近僕らは「体験ギフトの再発明をしよう」ということで
全社一丸となって生みの苦しみを味わっている。

そのためにはギフトや体験ギフトについてもっともっと考察が必須で、
考察の最良の方法は歩くことと書くこと、
というわけでBlogの更新を再始動した。

考えを整理して記事という形で頭から取り出すと、
そこにスペースが生まれてまた入ってくる、、、、
のかどうか知らないが、先日面白い取り組みを発見したので記しておこうと思う。

その取り組みとは葉山の町役場で行われていた「くるくる市」というものだ。
ふんわり系の名前に騙されてはいけない!!!
とにかくなかなか侮れない代物だと僕は感じたので、ぜひ先までお読みいただきたい。
(文末に写真も多少あり)

箇条書きで大まかに内容を説明してしまうと、
・くるくる市は年に2回、町役場で開催されている
・開催時間中、葉山近辺に住む各家庭が不用品をそれぞれ持ち込む
(多くの家庭がIKEAの大きな青い袋を1-2つ一杯に持ち込んでいた)
・内容は洋服、食器、雑貨、本、靴、玩具、、、など基本的に何でもok
・会場に着いたら不用品を受付で丸ごと渡すだけ(一部はじかれるものもあり)
・あとは会場スタッフが「洋服」や「食器」などセクションごとに並べる
・何かを持ち込んだ人も、そうでない人も、会場に来た人はそこに並んでいるあらゆるものを好きなだけ持ち帰って良い
(持ち帰りの際に持ち帰り品の計量だけ行われる)
・費用はかからないので文字通り持ち帰り放題
というものだ。

僕は初めての参加だったのだが、
これがとにかく多いに盛り上がっていて会場に立ち込める熱気が印象的だった。

我が家のメンバーも、妻は色々子ども服や僕の家着を物色していたり、
一緒に行った隣人のドイツ人も「楽しい楽しい」と言ってトイレで試着をし続けたりして、
結局会場に2時間くらいいたのではなかろうか。
僕もBarAfriqueに飾れそうな素敵な器を2つもいただいてしまった。

なぜくるくる市がこんなに盛り上がるのか。

ほんと、そこらのフリマなどよりもはるかに、
まるでどこかのライブ会場かのような盛り上がりだったのだが、
その理由を僕なりに考えたところ3つのポイントがある気がした。

1. 金銭のやり取りはゼロ
やはりタダというのは凄い。
「タダより高いものはない」という言葉もあるが、
タダならもらいたいというものだって、やっぱりたくさんある。

2. 持ち帰り不要(持ち込みっ放し)
今回失敗だったのは、我が家は何も持ち込まなかったことだ。
これは僕の「どうせ大量に(持ち込んだものの引き取り手が見つからず)
持ち帰ることなるからまずは手ぶらで行ってみよう」
という言葉が原因だった。
もし持ち帰り不要と知っていたら間違いなく不用品を持ち込んでいたし
それ故に会場には多くのものが集まってきていた。

3. 20-30分で会場内の品物が様変わり
開催時間中、多くの近隣住民が次々と不用品を持ち込んでくる。
一方で次から次へと様々なものが新たなオーナーに引き取られていく。
結果として会場にあるものは刻一刻と変化していくのが実に面白かった。
お金は全く動いていないが、
「おーーーーー、何だか経済が動いている!!!!!」
という感じがした。

話は変わるが2週間ほど前に生まれて初めてギフトショーに行ってきた。
今は少し勢いを失っているが、とはいえ今でも国内最大規模の様々な物品の見本市だ。
それはそれで面白かったのだが、
僕は「くるくる市こそがより本質的なギフトショーではないか」と思った。

だって、いくら不用品とはいえ、
多くの人が「これは誰かの役に立つかも」と会場に持ち込み、
それを無償で提供し実際に引き取られていくのだから、
贈り物・ギフト的側面は少なからずあるのではないか。

ギフトショーは今後こういう要素を少し入れたら面白くなる気がするし、
逆にくるくる市がビッグサイトレベルの規模で行われたら一体どうなってしまうのか、
それはそれで想像してみるとカオス過ぎて楽しそうだ。

以上、簡単ではあるがくるくる市の簡単レポでした。
そしてこういうところにも「体験ギフトの再発明」に向けた
ヒントがあるのかなと思いつつ今日も一生懸命頑張ります。

補足:
持ち帰ったものの元のオーナーは分からない
→感謝の気持ちを特定の個人には向けることはできない
→恐らくその気持ちは本イベントを企画した町に向かう
というわけで町の振興策としてもとても良いなと思った次第。

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ふんわり系ののぼり。

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ふんわり系の入り口。

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でも中身はふんわりしてないぜ。

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こんな風にセクションが分かれてる。

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僕がいただいた器。ありがとう!>前オーナー。次回は必ず色々持ち込もうと思う。

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ベーシックインカムを今より少し身近に感じる1つの空想と1つの考え方

2016/02/15未分類


仕事をしていて少し行き詰まったので、ベーシックインカムについて最近ふと思ったことを書き記しておこうと思う。

そもそもベーシックインカムとは何かについて簡単におさらい。

ベーシックインカム(basic income)とは最低限所得保障の一種で、政府がすべての国民に対して最低限の生活を送るのに
必要とされている額の現金を無条件で定期的に支給するという構想。 基礎所得保障、基本所得保障、国民配当とも、また頭文字をとってBIともいう。(Wikipediaより

僕はベーシックインカムには大いに賛成で、
・技術が発達して社会は十分に豊かになった
・故に「人間は労働しなくてはならない」という考えは過去の話になりつつある
・日本のように人口が多く社会保障が比較的手厚い国では税制が複雑過ぎてもはや誰も全体像が分からないので一度どこかでシンプルにすべき
というのが主な理由だ。

既にフィンランドやスイスなど一部の国では
実現に向けて国民的議論が始まったりしているようだが、
日本ではまだまだ、少なくとも30-40年くらいはかかるだろうなと割り切ってもいる。

それは「人間は働くものである」という価値観は
やはり今を生きる我々の意識に非常に強力に刷り込まれていて、
これは少なくとも1世代くらいは入れ替わらないと
到底社会的合意を得られないと思うからだ。

なので、それが少しでも早まったら良いなという思いを込めて、
「いやベーシックインカムって一見クレイジーに思えるけど、
こう考えると案外普通だよね」
という無責任な提案だと思って読んでいただけると幸い。

1.もしロビンソン・クルーソーが圧倒的技術と共に無人島に漂着したら

ロビンソン・クルーソーのようにもし無人島に漂着したら、
生きるためにはまず釣りでも狩りでも木の実採取でも良いので
食べ物を手に入れなくてはならない。
でも、もしそこに圧倒的な技術があったらどうなるだろうか。
(強引だけれどコミュニケーションに関する技術だけ存在せず、
誰かに助けを呼んだりはできないものと仮定)

獲物捕獲ドローンが魚や鳥や木の実を捕獲・採取してきてくれる。
調理ロボがそれらを美味しい料理に調理してくれる。
(無人島だし、洗い物とかは木の皿とかを使い捨てでいいかな)
しかもエネルギーも太陽光や風力でふんだんに生成されるので、
ドローンやロボの動力に困ることはない。

そしたらロビンソンはどうするかというと、
多分遊んで暮らすはずだと思うのだ。
だって食べるための労働は全部ドローンやロボが済ませてくれるので、
ロビンソンは詩を作ったり、歌を歌ったり、
もしかしたら釣りをするかもしれないが、
それは生きるためではなく趣味としての釣りになるだろう。
魚の標本とかも作ってしまうかもしれない。

これは空想の話だが、今の世の中は実はこの空想に近くて、
今を生きる僕らはこの空想物語の中のロビンソンみたいなものだと思うのだ。
現実の世界には人が何億人もいたり、
価値をお金が媒介したりしていて色々ややこしいが、
根っこの部分ではやっぱり社会は圧倒的に進化しつつあって、
僕らは技術力満載ロビンソンと極めて近い存在になりつつある。
であればロビンソンのように遊んで暮らすというのは現実的な選択肢だと思うし、
それは最低限の生活が保障されるベーシックインカムと近い気がするのだ。

2.「ベーシックインカム=国民皆生活保護」論

日本には既に生活保護というセーフティネットがある。
生活保護の在り方の是々非々は色々あるのだろうが、
今、生活保護の受給割合というのはトップの大阪で5.5%くらい、
東京が平均で3%強で、全国平均だと3%弱という状況だ。

3%というと一クラスに1人という感じなので
結構多いなというのが僕の率直な印象なのだが、
ベーシックインカムというのは生活保護の受給条件を究極的に緩くして、
誰でも受給できるという状態にしたもの、
つまり「ベーシックインカム=国民皆生活保護」と
考えてみるのはどうだろう。引き続き大胆ではあるが、
ベーシックインカムという黒船が襲来すると考えるよりも
今ある政策の拡張ということで何となく手触り感が出てくるのではあるまいか。
そうでもないか、、?

以上、かなり思いつきで書いた空想論だが、
少しでも皆さんの脳内整理のお役に立てれば幸いです。

(ちなみにベーシックインカムが本当に導入される一方で
Amazonとかがどんどん便利になって必要なものが自動的に届く、
「購買」というよりも「超効率的配給」のようになっていく中でこそ、
僕がやってる体験ギフトのような無駄で余分なものの価値が
高まり続けていくと思っているのだけれど、
そこら辺の話はまた別途書きます)

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おもちゃを買う!買わない!論争の問題点と建設的解決方法

2016/02/12未分類


子どもはおもちゃを欲しがる。
それは不思議なことではないが、
欲しがった時にどう対処するのが良いか、
ずっと思案していたし今もしている。
(そしてギフト屋を生業としてる身としては、
それは折に触れて「親から子への贈り物」について
考えるきっかけにもなったりするのでプラスではある)

そもそも「買って」「欲しい」と言われて、
すぐに買ってあげないのは何が原因なのだろうか。

似たようなものが既に家にあるから?
欲しいものは何でも手に入ると思って育ったら困るから?
わがままに育つから?
お金という概念を教えるため?
お金は有限であると教えるため?
家が散らかるから?

多分どれか一つということはなくて
上記またはそれ以外の複数の要因が重なり合って
「今日は(も)買わない」ということになっているのだと思うが、
それでは子どもに説明する理由としては難し過ぎるし、
だからと言って「とにかくダメなんだ」と言って
片付けてしまうやり方は個人的にはあまり好きではない。

そこでふと思ったのだが、例えば

「(その欲しいというおもちゃが)これまで君の持っているものとは違う、
何か新しい要素を備えたものであればオッケー」

というルールを設けてみたらどうだろうか。

欲しいと言うたびに、
「それのどこが新しいの?」
(子どもが精一杯説明)
「本当かな?色が違うだけで新しいというのなら、全部のおもちゃ、全色揃えるのかな?」
(子どもが精一杯説明)
「一番好きなウルトラマンなら分かるけど、そうじゃないおもちゃでそれが必要かな?」
(子どもが精一杯説明)
「なるほど、これまでは全く異なる表情をしているということか、うーむ、そうきたか」
(さらに子どもが精一杯説明)
「よし、納得した。では今日の君の説明には納得できたから買ってあげよう」
この程度で良いと思うのだが、そこに議論が生まれて、
それはとても意味のあることではないかと思うのだ。

このやり取りはもちろん親がファシリテーションしなくてはならないし、
それは結構難しいことだと思うし、
子どもも最初はありきたりのくだらない説明をしてくるだろうから、
それに懲りず繰り返し続ける必要がある。

でもそうすることを通じて
「どうすれば親が納得するか」
「親の意味する新しさとは何か」
「それが自分の思う新しさとは違うし、だからこそ議論する」
ということを子どもはおぼろげながら認知していくのではないだろうか。

ここまで書いて気づくのは、
多分おもちゃを買うこと自体が問題なのではなく、
「買わない」の一点張りで説明しない(子どもにとっては納得できない)ことが問題で、
それによって子どもが、
・何だかよく分からないけど親が言うことには従わないといけないと思うこと
(そもそも子どもはお金を持っていないので従わざるを得ない)
・さらに言えば大人が言うことには従わざるを得ないと思うこと
・そもそも「欲しい」という欲望や「面白そう」という感覚を失うこと
こういう姿勢や価値観を生みかねないことが問題の根っこにありそうな気がしてくる。
興味関心を抱きそれに情熱を傾けることこそが人生における最も大事なことであって、
他のすべてに最優先されるべきと信じる僕のような人間にとって、
そのような事態は絶対に避けなくてはならない。

おもちゃを買う!買わない!論争は、
大げさかもしれないがそんな見方もできると思い、一筆書いてみた次第。

さて仕事だ仕事だ!

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スコープ2作。

2016/02/09未分類


先日、電車の中に置いてあるTrainShopという通販カタログに目を疑う商品を2つ見つけたので紹介します。
ひとつめはこの「耳かきライト いやースコープ13000画素」。
この画像を見ていただければ一目瞭然と思うけれど、光ファイバーを利用して耳の中を自分の目で見ながら掃除ができるという代物。

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耳かきライト いやースコープ13000画素

そしてふたつめは寝たままテレビを見たり本が読めたりする「ごろねスコープ」。
こちらも一目瞭然。(ちなみに2つともスコープシリーズになったのは偶然か必然か、、、)
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ごろねスコープ

ともに自分が買うことはないと思うが、でもユニークで斬新、だけれど説明不要なほどに用途や価値が明らかな点は、体験ギフトという「販売に際して何かと説明が必要な商品」を作っている身としては大いに学ぶべき点がある気がします。いや、あるのか?うん、きっとあるはず。

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好きな言葉「窓際族」。

2015/08/19未分類


昔、窓際族という言葉が流行ったことがあった。
今でも僕はこの言葉を時々思い出すのが、なぜかというとこの言葉が嫌いではない、むしろ好きな部類だからだ。
窓際族というのは雇用に厳しい日本社会で、もう社内であまりやるべき仕事はないけれど解雇もできないので窓際でおとなしくしていてもらう、高度成長期の大量採用の結末的な話だったと記憶している。

なぜこの言葉が嫌いではないかというと、それは窓際族という言葉には、労働はそもそもありがたく尊いものだという含意がある気がするからだ。
仕事はないけどサラリーは貰える、それが窓際族だが、ともすればこれは「何それ、ラッキーじゃない、羨ましい」と思われかねない状況にもかかわらず、それを敢えて窓際族という呼称で蔑んで見るというのは、やはり働くことは楽しく意義深いことだし、働くことや働いている人への敬意や畏敬の念がある、そういう社会的合意があったからこそ窓際族という流行語が成立していたのだと思う。でなければ窓際族=アーリーリタイアみたいなサクセスストーリーとして語られていたのではないか。

僕は起業して10年になるが、今でも仕事が好きだし働くことが楽しくて仕方がない。この調子で色んなことに興味関心を移しながらチャレンジをし続けていきたいなと心底思う。そういう価値観を、一見真逆の意味に捉えられがちな窓際族という言葉が意外にも一本筋の通った形で表現してくれている気がするのだ。

働くことは時間の切り売りではない。今、会社組織としての体裁を整えるために就業規則の整備などをしているのだが、そのために色々話を聞いてみると、どうも最近の仕事は時間の切り売りのようになっていて、それは給与計算の方法が就業時間や日数がベースに組み立てるルールとなっていることからも見て取れる。
一定時間働いて初任給20万そこそこ、うまくレールに乗れば最後は50-100万くらいもらえることを前提に最適化された社会では、それをベースにあらゆるものの値段が決まっているのだと思うが、田舎に行けば一週間お金を使わずに過ごせる地方が今でもたくさんあるのが現実だし、一方で世界に影響を与える良い仕事をした人は莫大な富を築いて一泊数百万のホテルに泊まるのも厭わないなんてこともよくある話。
いくら稼げるのかはあくまでも選んだフィールドや業態、そしてその結果に過ぎなくて、やはり大事なのは何に興味をもち、関心を抱き、その興味関心に根ざして仕事をするかどうかだ。
インターネットという革命的ツールは、世界中のひとりでも多くの人を、そういう方向へと導いていってくれるものだと今でも本気で期待している。

トムソーヤは親から命ぜられた壁のペンキ塗りというつまらない仕事を楽しいことのように見せかけて、しまいには興味をそそられた友達に全部やらせるという有名なエピソードがある。
酒蔵に生まれてつまらないと思っていた仕事を、外国人が面白がって大挙するのを見て稼業に対する価値観が変わったりするのも同じような話だし、僕の会社だって最初はみんなに「大丈夫?稼げてる?」と惨めに思われたりしたけど最近はとっても有能な人が門を叩いてくれるようになってきた。

最近は仕事の経験をさせてもらうのに対価を払う仕事旅行のようなサービスもあれば、日本酒を作るプロセスに大勢の素人が参加するCrowdProductingみたいな概念も出てきて、いよいよ働くことと対価をもらうこと、対価を払うこと、そこら辺の境界線が曖昧になってきていて、でもそれは働くことの意義や尊さを見直すというベクトルを向いている点で一貫しているように思う。
そんな価値観をより早く広めるべく、自分としても一役買いたいところ。

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Sow Experience10周年。

2015/05/25未分類


Sow Experienceは今日で10周年を迎えました。
ありきたりの言葉ですが、これまで支えてくれた一緒に働く仲間やお客様、そして株主やオフィスのご近所さんなど全ての関係者に感謝、感謝です。

Good Experience, Good Life.
良い経験は、良い人生。

このスローガンと、あと”Sow Experience”という社名。
これだけが唯一の制約条件で、このスローガンや社名から連想し得るビジネスや活動はすべて対象範囲だと認識しているので、何か面白い取り組みや協業の提案などありましたらいつ何時でもお待ちしております。

10周年記念のその日にアフリカ出発日程を重ねてしまうウッカリ社長故に、引き続き皆さまに迷惑かけつつ支えられつつの次の10年間になると思いますが、もっともっとより良い社会になるよう活動のフィールドと影響力を増していくつもりですので、ぜひ引き続き頭の片隅、だいぶ端っこの方で構いませんので僕らのことを置いといていただけると幸いです。
ではアフリカ行ってきます!

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「買って使って売る」から「買うと同時に売りながら使う」へのシフト。

2014/08/14未分類


「琢はTシャツ何枚持っている?」
先日、サンディエゴから帰国した一造に突然聞かれた。
彼の知り得る限り僕は最も物を持たない人間らしく、確かにその通りだと思うのだが、その話の延長で未来の所有のあり方について話したことをちょっとここで書いてみる。

僕が自分でユニークな消費及び所有の仕方をしていると思うのが、車だ。
最初の車はフォルクスワーゲンのポロ。
真緑で街中でも目立つかわいいやつだった。
3年前の暑い夏の日に突然思い立って藤沢にフォルクスワーゲン専門の中古屋を見つけてその場で買ってきた。
確か全部こみこみで50万円くらいだったと思う。
安いだけに故障してる箇所もいくつかあったのだが、それも愛嬌。走ればokということで随分乗り回した。
そして2年経って車検の時期がやってきて、購入費に対して車検費用が高いこと、そして二人目の子どもができることもあって車検はせずに友人に無償譲渡。
車をあげるというのはなかなか痛快で気持ち良いものなので案外おすすめだ。
そして今は安全+デカさということでボルボのV70という車種に乗っている。
これも破格で買ったので1年後に近づく車検に出すかどうかは若干疑わしい。

というのはいきなり全部余談なのだが、例えば車などは、買った時点で既にネット上の自分商店に売り物として並べておいて、然るべき妥当な値段で買いたい人が現れたら売ってしまう、別に売ろうと思っていなかったけれど買いたい人がいるなら売ってしまって自分は別を探すという形態が、今くらいEC出店コストが下がってくると出てくるのではないかと思うのだ。
別に車に限った話ではなく、自分の所有するあらゆる物が、購入した時点で何かしらの方法で自動的にネット上の自分商店に掲載(出品)されている。
厳密に出品でなくとも参考価格などを併記して「売ってもいいよ」という状態になっている。

つまり「買って使って売る」から「買うと同時に売りながら使う」へのシフトだ。
そろそろこういうことを本気で始める人が出てきてもおかしくないと思う。

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西村琢(Tak Nishimura)
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